ともさかりえ再々婚夫は蔡俊行!歴代夫と変わらぬ自宅の恋愛生存戦略

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ともさかりえさん

ともさかりえの3人目の夫は、ウェブメディア『フイナム』の発行人であり、ファッション業界を牽引する名編集者・蔡俊行(さい としゆき)氏です。しかし、この再婚劇の本質は「誰を選んだか」だけではありません。

夫が変わっても自宅という「城」を守り抜き、自分軸で人生を上書き保存し続ける姿勢。これこそが、彼女が私たちに見せる最強の「恋愛生存戦略」なのです。

彼女が3度目の結婚を発表した2022年のクリスマス。世間からは「また?」という声と共に、「さすが!」という称賛が上がりました。

かつては河原雅彦氏、スネオヘアー氏という、才能溢れるも繊細なアーティストたちと愛を育み、そして傷ついた彼女。そんな彼女が40代前半で選んだパートナーは、17歳年上の「人生の大先輩」でした。若き日のヒリヒリする共依存のような関係ではなく、互いに自立した大人同士の、凪のような関係。それは、彼女自身が成熟した証とも言えるでしょう。

そして、彼女を語る上で欠かせないのが「家」の存在です。一部報道では「元夫と暮らした住まいで、新しい夫と暮らす」ことが揶揄されました。しかし、裏を返せば「私の生活基盤は私が守る」という、強烈なまでの主体性の表れです。

男性の都合で引っ越さない。自分の好きなインテリア、自分の好きな街、自分のリズムを崩さない。その揺るぎない「自分ファースト」な生き方は、妻や母といった役割に縛られがちな30代〜50代の女性にとって、眩しいほどの希望ではないでしょうか。

本記事では、蔡俊行氏の知られざる経歴と人物像を深掘りしながら、歴代の夫たちとの比較、そして「変わらぬ自宅」から見える彼女の精神性を徹底解剖します。離婚も、年齢も、すべてを「味」に変えてしまうともさかりえさん。そのしなやかな強さの秘密を、一緒に探っていきましょう。

この記事でわかること

  • 再々婚相手・蔡俊行氏の正体と、17歳差夫婦が築く「大人の愛」の形
  • 河原雅彦・スネオヘアーら歴代夫との比較で見える「男選び」の変化
  • 「夫は変わっても家は変えない」伝説の真相と、彼女が守り抜く聖域
  • 離婚を黒歴史にしない!傷つくことを恐れない「恋愛生存戦略」の極意
  • 妻でも母でもなく「個」として輝くための、40代からの人生の歩み方
目次

蔡俊行氏と判明!ともさかりえ17歳差婚の全貌

  • お相手は『フイナム』発行人の有名編集者・蔡俊行氏
  • 60代の「イケオジ」が選ばれた必然的理由とは
  • 事実婚ではなく入籍を選んだ、成人した息子の後押し

編集者・蔡俊行の経歴|POPEYEからフイナムへ

ともさかりえさんが「人生の大先輩」と呼ぶ3人目のパートナー。その正体は、ファッション業界で知らぬ者はいない名編集者、蔡俊行(さい としゆき)氏です。彼は、若者文化を率いた伝説的雑誌『POPEYE』でフリーランスの雑誌編集者として活躍し、現在は株式会社ライノの代表として、WEBマガジン『HOUYHNHNM(フイナム)』の発行人を務めています。

白髪交じりのヘアスタイルに黒縁メガネがお似合いの彼は、まさしく「イケオジ」の代名詞。しかし、彼女が彼を選んだ理由は、単なる外見や業界的な地位だけではないでしょう。彼が長年身に付けてきた「教養への造詣」と「クリエイターとしての視座」が、女優であり執筆家でもあるともさかりえさんの感性と深く共鳴したことは、容易に理解できます。

一般男性という枠には収まらない、表現者としての共通言語を持つ相手。それでいて、表に出る演者ではなく、裏方として全体を俯瞰する「編集者」という立場が、彼女にとって心地よいバランスをもたらしているのです。17歳の年齢差も、彼が持つ精神的な余裕の前では、むしろ安心材料にしかならなかったのかもしれません。

蔡俊行氏の簡単な経歴

アパレル会社に勤務。

1986年~1994年:『POPEYE』編集部に在籍

1994年:株式会社ライノの先駆企業、有限会社ハッスルを設立

2004年10月:『HOUYHNHNM』を運営開始

西荻窪パン屋デートで見せた「日常」の安らぎ

これまでのともさかさんの恋愛と言えば、メディアを通して伝わってくるような「熱量の高さ」が印象的でした。しかし、蔡氏との関係性は、対照的な「静寂な愛」によって育まれています。週刊誌などで報じられたデート風景は、高級レストランでの豪華なディナーではなく、西荻窪のベーカリーでパンを選ぶという、至って日常的なものでした。

目撃された2人の様子は、手を繋いでベタベタするわけでもなく、かといって距離があるわけでもない。互いが自然体でそこに在る、まるで長年連れ添った熟年夫婦のような空気感を纏っていたといいます。

ともさかさんの左手には結婚指輪が光っていて、旦那さんは買い物を終えた彼女から手慣れた様子でパンを受け取っていました。いつも仲良くご夫婦で買い物をしているような雰囲気に見えました

ともさかりえさん自身、SNSやエッセイで丁寧な暮らしぶりを発信していますが、彼女が求めていたのは、刺激的なロマンスではなく、こうした「生活の延長線上にある幸せ」だったのではないでしょうか。

美味しいパンを買い、家でコーヒーを淹れる。そんな些細な時間を共有できる相手こそが、40代を迎えた彼女にとっての最適解だったのです。若作りせず、ありのままの自分でいられる関係性。それこそが、彼女が辿り着いた「大人の愛」の形なのかもしれません。

息子公認で入籍|事実婚を選ばなかった母心

近年、大人のカップルの間では「事実婚」を選択するケースも増えています。それは相続や改姓などの煩わしさを避けるためです。しかし、ともさかりえさんはあえて「入籍」を選びました。この決断の背景には、彼女が何よりも大切にしている一人息子の存在が大きく関わっています。

2004年10月に生まれた息子さんは、再婚発表時には成人に達していました。多感な時期をほぼ女手1つで(あるいはパートナーの助けを借りながら)育ててきた彼女にとって、お子さんの了承なしの再婚はあり得ません。

息子も私も元気です。みなさん、いつも気にかけてくださって、あたたかい言葉を届けてくださってありがとう。メリークリスマス!

これは推測ですが、息子さんにとっても蔡さんは信頼できる大人であり、母のパートナーとして相応しいと認めたからこその「入籍」だったのではないでしょうか。また、彼女自身が古風な一面を持っていることも見逃せません。

「一緒に暮らすなら、きちんとケジメをつけたい」。そんな彼女の真面目さと、家族として公に認められることへの責任感が、法的な結婚に繋がったのでしょう。彼女は「妻」である前に、常に「母」であり続けたのです。

歴代夫の河原雅彦とスネオヘアー|才能との共鳴と代償

  • 1人目は人気演出家との共依存かもしれない若き日々
  • 2人目はミュージシャンとの公開ノロケの末路
  • なぜ彼女は「クリエイター」ばかり愛するのか

河原雅彦との5年|23歳で挑んだ結婚と母への変貌

ともさかりえさんの最初の結婚は2003年4月、相手は舞台演出家で俳優の河原雅彦氏でした。当時、彼女はまだ23歳。2人の出会いは、河原氏が演出を担当した2000年8月の舞台『トランス』での共演です。

10代でバッシング・摂食障がい

1995年から1997年までテレビドラマ『金田一少年の事件簿』のヒロイン・七瀬美雪役を務めました。世間が求める「ともさかりえ」のイメージを壊さないよう無理を重ね、自分を追い込み続けた結果、高校2年生で拒食症を発症してしまうのです。まだSNSがない頃に誹謗中傷を浴びたこともあり、10代半ばのともさかさんは苦しみも経験しました。

入院中は仕事から離れようと試みますが、病院のテレビには自身が映っています。周囲の期待に応えようと負担を抱え込み、辛くても迷惑をかけまいと、ストレスを溜めてきたことが浮き彫りになりました。

これじゃいけない。人のためじゃない、私のためにやらなきゃ意味がないじゃないか」、「そのためには、まず体を治して、ちゃんと元気にならなきゃいけない」と考えを改めると、病院の食事も心からおいしいと思えるようになったのです。

共依存関係の存在とは

そんな彼女を公私ともに支え、女優としての才能を開花させたのが河原氏です。2人の間には長男の楓(ふう)くんが誕生し、彼女は「母」としての強さを手に入れました。

ともさかさんはブログを通して、河原氏とコミュニケーションを図っていたと言われています。ブログは当時、若槻千夏さんと首位を対抗するほどの人気ぶりでした。

「なんか凄い疲れてんのな、夫。彼は初監督としてのドラマ撮影と、舞台の稽古が重なり心身共に日々消耗していく様子があからさまなんだが、今日のブログ読んで笑ってしまった。(中略)被害妄想だぜ、夫よ。全く…男性は変なとこ心配性でやきもちやきだから困る。」

引用元:ともさかりえオフィシャルブログ by Ameba

2007年9月のブログからは、河原氏を心配する心境が綴られています。共依存関係かどうかは、判断が難しいところです。

しかし、互いに多忙を極める中で生活のリズムが狂い、5年後の2008年12月に離婚。「お互いに大好きでいるためにサヨナラを。」という言葉を発表し、終止符を打ちました。若すぎた2人は、生活という現実の前で「戦友」から「他人」へと戻らざるを得なかったのです。しかし、この結婚がなければ今の彼女はいません。

河原氏は彼女を「女」にし、そして「母」にした、彼女の人生における最大の功労者の1人であることは間違いないでしょう。離婚後も息子の父として交流を続ける姿勢からも、憎しみ合っての別れではなかったことが分かります。

スネオヘアーとの共演婚|公開ノロケの果ての孤独

2度目の結婚は映画『アブラクサスの祭』で共演したミュージシャン・スネオヘアー氏との電撃婚で、2011年6月のことでした。この時の彼女は、最初の結婚の反動かのように、愛を隠そうとしませんでした。テレビ番組で夫への愛をあけっぴろげに語り、共演作品の挨拶では仲睦まじいツーショットが話題に上がるなど、その「ラブラブ」ぶりは世間を驚かせました。

同映画でスネオヘアー氏の妻役のともさかさんは「気に入っているシーンは、スネオさんとの夫婦でのちょっとしたやりとりのシーン」と好印象を話しています。

2012年映画『ハイザイ 神さまの言う通り』でも2人は共演しています。スネオヘアー氏は「ないですね。(ともさかは)いつも仕事の話をしてくれなくて、自分が仕事してる姿を見せないんです。『鶴の恩返し』みたいです」と意外にも、妻のともさかさんから助言はないと語っていますね。

しかし、蜜月は長く続きませんでした。繊細で感情の起伏が激しいアーティスト気質のスネオヘアー氏との生活は、次第に彼女の精神を摩耗させていったのかもしれません。

スネオヘアーさんはともさかさんが出演した舞台でのキスシーンに激怒し、離婚話を持ち出したこともあったと言っていました」このとおり、スネオヘアー氏の嫉妬心から騒ぎが起きていたのですね。

2016年の離婚時、彼女は具体的な理由を語りませんでしたが、「ほころび」を修復できなかった無念さを滲ませていました。

ともさかさんは2017年3月、約2年間の別居生活を経て2016年末に離婚していたことを報告しました。結婚していた5年半は、ともさかさんと不規則な生活を続ける夫とのすれ違いの生活だったそうです

音楽をつくり、うたをうたい、デリケートな心を持っている彼は、生活と仕事をきっぱり線引きできる私とは全く違う。私は母親でもあるので、常にどこか現実的な事柄に支配されて生活をしています。そのあたりのバランスが、いつしか交れなくなってしまったのかもしれません。

引用元:ともさかりえオフィシャルブログ by Ameba

同じ表現者だからこそ惹かれ合い、家庭内での「オンとオフの切り替え」が難しかったのでしょう。仕事でも家庭でも「感受性」を全開にしなければならない生活は、安らぎとは程遠いものだった可能性があります。この経験は彼女に、「愛の熱量だけでは結婚生活は維持できない」という、痛みを伴う教訓を与えたはずです。

なぜ編集者や演出家?彼女が求める「才能」の共通点

河原雅彦氏、スネオヘアー氏、そして蔡俊行氏。歴代の夫を並べると、ともさかりえの「パートナー選び」には明確な一貫性があることが分かります。それは、全員がサラリーマンや実業家ではなく、「クリエイティブな才能を持つ男性」であるという点です。

彼女のように自立した女性であれば、経済的な安定だけを求めて堅実な職業の男性を選ぶこともできたはずです。しかし、彼女はそれをしませんでした。

なぜなら、彼女自身が根っからの「表現者」であることに起因しています。言葉、演技、ファッション、その全てにおいて美意識を追求する彼女にとって、パートナーとは単なる同居人ではなく、互いの感性を刺激し合える存在でなければならないのです。

「話が通じる」「面白いと感じるポイントが同じ」という感覚の共有は、彼女にとって食事や睡眠と同じくらい重要なライフラインなのでしょう。過去の2人の夫との別れは、その才能の鋭利さに彼女自身が傷ついてしまった結果かもしれません。

ともさかさんは、2021年にファッションブランド『MY WEAKNESS(マイウィークネス)』を立ち上げており、洋服のデザインを手掛けています。定期的に展示会を行うクリエイターでもあります。

しかし3人目の夫である蔡氏は、クリエイターでありながらも「編集者」という客観的な視点を持っています。この絶妙な変化こそが、彼女が過去の反省を生かし、更新した「才能愛」の最終形なのでしょう。

ともさかさんは3人目の配偶者とは、苦手を告白する部分からのスタートでした。

夫は、私の「できない」を否定せず、「人には向き不向きがあるのは当然。でも、苦手なことを理解してできるようになったら楽しいよ」と一緒にサポートしてくれる。押し付けるのではなく、同じラインに立って、寄り添い、学びをくれる彼に救われています。

引用元:STORY web

余裕のあるコメントに、蔡氏の人柄が表れていますね。

夫変われど家変わらず|ともさかりえ「自宅」の生存戦略

  • 元夫名義の家を買い取り「自分の城」にする強さ
  • リノベで歴史を上書きするインテリア術
  • 息子さんの成人後、生活拠点が変わった「地に足のついた」生き方

元夫と暮らしたヴィンテージマンションを守り抜く理由

ともさかりえさんの生き様を象徴する有名なエピソードは、「旦那は変わっても家は変わらない」という事実です。週刊誌等の報道によると、彼女は1番目の夫・河原雅彦さんと暮らした都内のヴィンテージマンションを離婚後に自ら買い取り、その後も住み続けていると言われています。つまり、2人目の夫も、現在の夫も、同じ空間に迎え入れているのです。

現在、蔡さんと暮らす家はもともと1人目の夫である河原さん名義でした。それが離婚を機に財産分与でともさかさん名義に。2人目の夫もその家に住んでいたので、これまで3人の夫と“同じ家”で暮らしてきたことになります

蔡さんは前回結婚していた時、このマンションで生活をしていました。ともさかさんとすれ違うこともあったと言います。

かつて同じマンションに住んでいたのは事実ですが、それはたまたまなんです。当時はまったく交流はありませんでした。もちろん彼女は著名人なので、住んでいることは知っていましたし、会えば“こんにちは”という挨拶ぐらいはしていました

一般的に、離婚をすれば「思い出を消したい」と引っ越す人が多い中、彼女のこの選択は異質に映るかもしれません。しかし、これこそが彼女の「生存戦略」なのです。「相手が出ていくことはあっても、私はここを動かない」。そんな、生活基盤に対する絶対的なオーナーシップを感じさせます。

彼女にとって家とは、夫婦の愛の巣ではなく、自分が安心して暮らすための「」なのです。立地、環境、建物の佇まい。それらが自分にとってベストであれば、パートナーが変わったからといって手放す理由にはなりません。この合理性と、ある種の図太さとも言える逞しさこそが、彼女が荒波の芸能界と私生活を生き延びてきた最大の武器なのでしょう。

模様替えで人生上書き!インスタに見る自己再生力

同じ住居に住み続けるといっても、彼女は決して過去に執着しているわけではありません。彼女のインスタグラムを覗くと、その時々の心情を映し出すかのように、インテリアがアップデートされていることに気付きます。

アンティークの家具を迎え入れたり、和のテイストを取り入れたり。その変遷は、彼女自身の内面の変化とリンクしています。

空間のリノベーションは、彼女にとって「人生の上書き保存」の儀式なのかもしれません。前夫との記憶が染み付いた部屋も、家具の配置を変えることで、全く新しい「私の空間」へと生まれ変わります。

ともさかりえさんは2024年8月、お子さんが自立したことを機会にお家を変えたと告白しています。

去年、息子がひとり暮らしを始めたのをきっかけに、ライフスタイルが大きく変わってきたんです。今は夫と大人ふたり、賃貸の家に住んでいるけど、以前住んでいた持ち家に手を入れたくて。家って、使ってないとくたびれるものなんだなと実感しています。

引用元:ミモレ

ともさかさんは今後の人生設計を踏まえて、リノベーションを考えたいそうです。持ち家とはヴィンテージマンションのことかもしれず、その構想もはっきりしていないと思われます。

彼女の自宅が常に洗練され、新鮮な空気に満ちているのは、彼女が常に「今」の自分に合わせて、住まいという殻を脱皮させ続けているからに他なりません。

杉並エリアの生活者として|揺るがない「私」の確立

彼女の自宅エリアについては練馬区や杉並区といった、都心へのアクセスが良く、緑が多い文化的な香りのする住宅街であると推測されています。杉並区は都内でも治安が良く暴力犯罪率の低さが特色です。安心して生活しやすい地域です。

港区のような煌びやかなエリアではなく、あえて「生活の匂い」がする場所を選び続けている点にも、ともさかりえという女性の本質が表れています。

それは、彼女が「芸能人」である前に、1人の「生活者」であることを大切にしているからです。商店街で買い物をし、季節の移ろいを感じながら食卓を囲む。どんなに仕事が忙しくても、どんなに恋愛に夢中になっても、この「地に足のついた生活」だけは手放さない。

パートナーに合わせて住む場所を転々とする女性もいますが、彼女は決して自分のテリトリーから動きません。「私の生活に入りたいなら、あなたがここに来て」という姿勢。

それは傲慢さではなく、自分の人生の操縦席を誰にも譲らないという、大人の女性の自尊心です。この揺るがない「ホーム」があるからこそ、彼女は何度転んでも、また軽やかに立ち上がることができるのです。

【まとめ】ともさかりえ流「自分軸」で生きるための恋愛生存戦略

  • 現在の夫は、ファッション業界の重鎮・蔡俊行氏(『フイナム』発行人)。
  • 17歳の年の差婚だが、若作りせず「精神的な安らぎ」で繋がる大人の関係。
  • 熱烈なノロケを見せた過去とは異なり、静かな日常を大切にする穏やかな愛。
  • 歴代夫(河原雅彦、スネオヘアー)も含め、常に「クリエイター」を選ぶ一貫した好み。
  • 事実婚ではなく「入籍」を選んだ背景には、成人した息子への誠実な想いがある。
  • 「夫は変わっても家は変えない」という、不動産への執着に見る強烈な自立心。
  • 元夫との記憶がある家も、リノベーションで「現在の自分」に合わせて上書き保存。
  • インテリアを変えることは、彼女にとって心を整える儀式のようなもの。
  • 男の都合で生活拠点を動かさない姿勢が、彼女の精神的な安定を支えている。
  • 2度の離婚を黒歴史にせず、笑いに変えて進む「転んでもただでは起きない」強さ。
  • パートナーは依存する相手ではなく、自分の人生を豊かにする「彩り」の一つ。
  • 妻や母という役割も大切だが、「ともさかりえ個人の幸せ」を絶対に諦めない。
  • 40代からの再出発は、過去の経験値があるからこそ、より味わい深いものになる。
  • 彼女の生き方は、迷える全世代の女性に対する「もっと自分勝手に生きていい」というエール。
  • 私たちも「自分の城(聖域)」を守りながら、軽やかに変化を楽しんでいこう。
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