今永昇太さんは結婚していないにも関わらず、離婚理由が注目されています。
その理由は、今永昇太さんが所属するチームシカゴ・カブスで、2024年から一緒にバッテリーを組んでいたキャッチャーのヤン・ゴームズ選手が突然カブスに解雇されたことから、ファンの間で「これは離婚だ」「離婚ショック」などと嘆かれるようになったからです。
野球では、キャッチャーはピッチャーと密な関係性になることから、ピッチャーの女房役と呼ばれることが主流となっており、今永選手とヤン・ゴームズ選手も堅い信頼関係で結ばれていました。
そうした今永昇太さんの家族構成は父・母・兄・姉となっており今永昇太さんは末っ子です。
日本では横浜DeNAベイスターズで8年間プレーし、一流選手へと昇り詰めた今永昇太さん。2024年に挑戦したメジャーリーグでも目覚ましい活躍を見せ、ファンや現地メディアからも大絶賛されました。
メジャー1年目のシーズンは日本人の先発左腕投手による歴代最高のルーキーシーズンと言っても過言ではないと言われており、オールスターにも選出されました。
続く2025年シーズンは怪我での離脱もあり終盤は成績を落としてしまいましたが、所属するシカゴ・カブスからの信頼は厚く、2026年もカブスでプレーすることが決まっています。
今後も今永昇太さんの活躍から目が離せません!
この記事を読んでわかること
- 今永昇太さんの離婚の噂の真相
- 結婚歴や歴代の恋人について
- 今永昇太さんの人物像 チームメイト・監督の証言、ファンが惹かれる理由について
- 今永昇太さんと家族との関係性
- メジャー挑戦の理由や覚悟
- ファンや現地メディアの反応
今永昇太は結婚している?離婚の噂の真相
今永昇太さんは結婚していません。
では、なぜ結婚していないにも関わらず、離婚の噂が立っているのでしょうか。
その理由は、今永昇太さんが所属するチームシカゴ・カブスで、2024年から一緒にバッテリーを組んでいたキャッチャーのヤン・ゴームズ選手が突然カブスに解雇されたことから、ファンの間で「離婚ショック」と嘆かれるようになったからです。

今永昇太さんは、ヤン・ゴームズ選手について以下のようにお話しされており、厚い信頼を寄せていたことが確認できます。
真っ直ぐもスライダーも投げたいタイミングと(サインを)出されるタイミングがすべて一致していた。そうでなければあそこまでストライクは取れなかったと思う。サインを出してくれたヤン(ゴームズ)に感謝しています
引用元:スポニチ
一方で、ヤン・ゴームズ選手も初めて今永昇太さんの投球を受けたときから「素晴らしかったよ」と高く評価していて、今永昇太さんの人間性についても「彼は英語を話そうとトライしているし、それを望んでいる。とてもファニー・ガイ(おもしろいヤツ)だね」と絶賛していました。

さらに、今永昇太さんがカブスの一員となったことを「彼がここにいることに興奮しているよ」と誰よりも喜んでいました。こうしたお互いの信頼関係から2人は夫婦のような仲だと言われるようになり、ファンからの注目も高まっていました。
野球では、キャッチャーはピッチャーと密な関係性になることから、ピッチャーの女房役と呼ばれることが主流となっています。今永昇太さんの女房役として素晴らしい働きをしていたヤン・ゴームズ選手でしたが、2024年の6月から成績不振に陥り、事実上の解雇となってしまいました。
カブスの監督は以下のように話しており、チームにとって苦渋の決断だったことが確認できます。
難しい決断だった。ヤンは素晴らしいチームメイトであり、クラブハウスの重要な人物だったが、結局、捕手としてもっと活躍してもらう努力をしなければならないと感じた
引用元:スポニチ
プロの世界はとても厳しいですよね。成績を残し続け、第一線で活躍を続けている選手たちの凄さを実感しますよね。
結婚歴・配偶者情報の有無
今永昇太さんは結婚していないため、配偶者もいません。では、過去に噂になった恋人などはいるのでしょうか。
今永昇太さんと噂になった女性を以下にまとめていきます。
①新川優愛さん
新川優愛さん結婚おめでとうございます。
— CLAY©️ (@CLAY_GAMES_CH) August 9, 2019
今永選手のことはこれからも応援してください😭😭😭😭😭😭 pic.twitter.com/UNz0Veg2WB
今永昇太さんと過去に噂になった女性の1人目は、女優の新川優愛さんです。
新川優愛さんは、2017年に放送されたテレビ番組で今永昇太さんのファンであることを公言していました。
その発言があった後で、なんと今永昇太さんから「ぜひ新川さんに」とサイン入りボールのサプライズプレゼントがあったのです。この2人のやり取りから、「交際しているのでは?」と噂になりました。
しかしその後、2人が付き合っているなどといった情報が出ることはなく、新川優愛さんは2019年にロケバスの運転手の男性との結婚を発表しました。
②日比麻音子さん

今永昇太さんと噂になった女性2人目は、TBSテレビのアナウンサーである日比麻音子さんです。
日比麻音子さんはTBSに入社した2016年からスポーツキャスターに抜擢されました。このとき頻繁に取材をしていたチームが横浜DeNAベイスターズで、選手との関わりも多かったと考えられています。
2018年に放送された特別番組では、今永昇太さんと親しげに会話をする様子がクローズアップされ話題となり「恋人なのでは」と噂されるようになりました。
また2人は同級生ということもあり意気投合していたと考えられていますが、実際に交際していたという事実は確認できておらず、噂止まりでした。
「離婚理由」が検索される理由
先述のように、今永昇太さんの「離婚理由」が検索される理由は、2024年からバッテリーを組んでいたシカゴ・カブスのキャッチャーであり女房役のヤン・ゴームズ選手がチームから突然解雇され、ファンを中心に「離婚だ」「離婚ショック」などと囁かれるようになったからです。
お互いに信頼し合っており、今永昇太さんはヤン・ゴームズ選手がチームを去る際には「日本の文化を理解しようとしてくれた選手。僕に、より大きな自信を与えてくれた」と寂しそうに話していました。
打撃の不振などが理由でカブスから解雇されてしまったヤン・ゴームズ選手でしたが、今永昇太さんとバッテリーを組んだ試合ではキャッチャーとして良い働きをしていました。
今永昇太さんは、ヤン・ゴームズ選手とバッテリーを組んだ試合では、5試合で防御率1.84という好成績を残していたこともあり、突然のバッテリー解消が日米双方のファンの間で「離婚だ」「あまりにもショック」などと言われ始めたのです。

ヤン・ゴームズ選手は、今永昇太さんがカブスに入団してすぐのインタビューで「まずは彼のことを知り、その次に(具体的な)ピッチングの作業に移りたい。今はただ、彼を知ることが目標だ」と話していました。このメッセージからとても誠実な選手であることが伝わりますよね。
また、ヤン・ゴームズ選手の奥さんは日系人ということもあり、日本文化について親しみを持っているそうです。そのため今永昇太さんともすぐに心を通わせることができたのではないかと考えられています。
ゆい今永昇太さんの横浜DeNAベイスターズ時代の女房役は誰だったの?
たくみ今永昇太さんの横浜DeNAベイスターズ時代の女房役は、山本祐大選手だったよ!
今永選手のカブスでの活躍は山本選手にとって喜ばしいことみたいで、今永選手が活躍した試合後のインタビューでは「今永さんが、今永さんしていましたね」と嬉しそうに笑顔でお話ししていたよ!
ピッチャーとキャッチャーの絆を感じるよね!
今永昇太という人物像|努力・誠実・信頼
今永昇太さんは、日本でプレーしていたときもメジャーで活躍している現在も、チームメイトをはじめファンやメディアからとても愛されています。
今永昇太さんは無名の中学生時代や少しずつ頭角を現し始めた高校生時代から練習を重ね、野球の強豪校である駒澤大学へ進学するなど真面目で努力家な一面を持つ一方で、ユーモアのセンスが高いことで知られています。
シカゴ・カブスの入団会見では地元放送局のメンバーに「ユーモアのセンスがあるよね。死ぬほど笑わせてもらったよ」と大絶賛されました。
今永昇太さん自身も「プライベートもフィールド上でも、ファニー・ガイ(おもしろいヤツ)でいられるように、いつも心掛けています」とお話ししています。
また、今永昇太さんは「投げる哲学者」という異名を持っています。高校時代の顧問の先生も今永昇太さんの分析力や考察は他の生徒とは一線を画していたと証言しています。
横浜DeNAベイスターズの入団会見の際も以下のように話していて哲学者な一面を見せていました。
プロ野球は非常に厳しい世界だと思いますし、必ずしも良い結果が出るとは限らないですけど結果が出ていない時の自分ほどそれが本当の自分だと思うので、そう時を忍び耐えて頑張っていきたい。
まず1勝という事を念頭において、そこからが本当のスタートラインだと思うので、その1勝1勝をしっかり積み重ねていけば自分の思い描いた数字になると思うので目標というよりかは目先の1勝を自分で勝ち取っていきたいです。
引用元:横浜DeNAベイスターズ
今永昇太さんは「投げる哲学者」と呼ばれていることについては以下のように自身で分析しています。
自分の野球以外の武器というものが、まだ未完成であると思っているところだと思う。自分を高みに持っていくために、日々勉強して、野球でも野球以外でも米国の私生活でも、日々勉強。そういった向上心を常に持ってやってきたことが、そういうニックネームにつながったのかもしれないです
引用元:日刊スポーツ
このような今永昇太さんの人物像について掘り下げていきます!
高校〜プロで貫く信念
今永昇太さんは、地元である福岡県の北筑高校を卒業しています。
北筑高校は公立の高校で、部活動は盛んなものの進学校で勉学に力を入れており、19時30分には完全下校しなければならないなど、文武両道を極める風土のある学校です。1978年の創立以降、甲子園に出場したことはありません。

今永昇太さんは、高校に入学した頃は腕立て伏せを10回することもできず、球速は110キロほどでした。これといって目立つ選手ではありませんでしたが、高校3年生になり頭角を現し始めます。
当時監督を務めていた白石始さんは、今永昇太さんの変化について以下のようにお話しされています。
ヒジの使い方がうまいんですよ。ああいう柔らかさは教えてできるものじゃありません。柔らかすぎて故障するんじゃないかと思うぐらいで、あれは天性のものです。2年の夏に1回戦で負けて、先輩たちに申し訳ないという気持ちもあって、考え方が変わったと思います。一生懸命練習していましたね
引用元:web Sportiva
2年生の夏に負けたことがきっかけで、今永昇太さんに変化が訪れたことが確認できます。
今永昇太さんが高校3年生になった4月と5月に開催された北九州市長杯では、3試合連続完封という人並みはずれた実力を発揮しました。この試合で、今永昇太さんの凄さは少しずつ野球関係者の間で噂されるようになりました。
当時、中日ドラゴンズで九州エリアのスカウト担当をしていた渡辺麿史さんは、同僚に興奮した声で「無名ですが、すごい高校生を見つけました。なるべく早くこっちに来てください」と伝えたと証言されています。
そう伝えられた当時の中日ドラゴンズのスカウト担当、中田宗男さんは高校生だった今永昇太さんの投球を見たときのことを、以下のようにお話ししています。
私はその投球を見て、指名を即決しました。無理も無駄もない投げ方、制球力、指先にかかったストレートのキレ。しかし、決め手はそこではありません。マウンドはぬかるみ、雨は上がるどころか降りっぱなし。最悪のコンディションにもかかわらず、今永は顔色ひとつ変えることなく淡々と投げきったのです。
引用元:中日スポーツ
コンディション不良に左右されない今永昇太さんのメンタルの強さが確認できますね。
中日ドラゴンズのスカウト陣からは注目されており、球団からも「下位ですが、指名させてください」と意思を伝えましたが、今永昇太さんは駒澤大学への進学を選びました。
今永昇太さんは高校卒業時は無名の選手でしたが、4年後のドラフト会議では1位指名しかあり得ないトップ選手に成長を遂げました。

今永昇太さんは、駒澤大学に進学したいきさつを以下のように明かしています。
僕も初めは中央大学に行きたかったんです。でも、声がかからなかった。その中で駒澤大学から声をかけてもらって、いろいろ調べていくうちに、ものすごく伝統のある大学で、素晴らしい先輩方がたくさんいることを知って、『光栄なことだな』と思い、決めました。
引用元:4years.
駒澤大学には甲子園出場者をはじめ、全国からトップクラスの選手が集まります。今永昇太さんは「どんなレベルなんだろう。その中で自分はどれだけ通用するんだろう」といった気持ちで野球部へ入部しました。
駒澤大学では、練習量はある程度選手本人に任せられていた部分もあったようですが、今永昇太さんは自分でやると決めたことは必ず最後までやり遂げました。
今永昇太さんは当時を振り返って、以下のようにお話ししています。
例えば授業が2限で終わったとします。その後、昼からの練習は当時、監督もコーチも、誰も見ていませんでした。そういう時でも『20本走る』と決めたら、絶対に20本走っていました。誰も見ていないからいいや、ということはしなかったです
引用元:4years.
真面目で誠実な性格であることがよくわかりますね。

大学1年生から確かな実力を築いていった今永昇太さんは、2年生になった頃からリーグの第一戦を任せられるようになりました。リーグの第一戦で投げるということは、チームを背負っているという証でもあります。
今永昇太さんが当時所属していた当時の東都大学野球リーグでは、その後プロで活躍している選手も多く、亜細亜大学の山﨑康晃さん(現・横浜DeNAベイスターズ)や九里亜蓮さん(現・オリックス・バファローズ)、青山学院大学の吉田正尚さん(現・ボストン・レッドソックス)らと同じ舞台で戦いました。
今永昇太さんは「大学トップレベルの選手が周りにいたこと」が刺激になったとお話ししています。
大学ナンバーワンの左腕投手と呼ばれる選手に成長した今永昇太さんは、2015年のドラフト会議で横浜DeNAベイスターズから一位指名を受け、プロ入りを果たしました。
チームメイト・監督の証言

今永昇太さんにとって大学時代の先輩であり、横浜DeNAベイスターズに入団後もバッテリーを組んだ戸柱恭孝選手は、今永昇太さんのすごさについて以下のようにお話しされています。
もともと持っている実力もすごいですけど、ボールの違い、マウンドの違いも含めて、周りの環境を含めて、いろんなことに対応、適応できる能力ってすごいなと。やっぱり大学でも、すぐに主力として結果を残しましたし、プロに入ってきてもそう。
引用元:日刊ゲンダイ
メジャーリーグに行ってもそういう結果を残す。違った環境にしっかり対応できるんだなっていうのは、ずっと思っています
今永昇太さんの適応能力の高さがよくわかるコメントですよね!

今永昇太さんが、横浜DeNAベイスターズに入団した2016年に監督を務めていたアレックス・ラミレスさんは、当時を振り返って以下のようにお話しされています。
今永がドラフトで指名された日のことを思い出すよ。僕は彼の大学を訪問して話をした。そのとき、本当に特別な選手だと感じたし、すごくスマートな選手だとも感じたよ。すぐ10勝できる投手になると思ったんだ
引用元:フルカウント
今永昇太さんは「投げる哲学者」といった異名を持つなど、知的な部分も高く評価されています。

今永昇太さんより一年先輩で横浜DeNAベイスターズ時代の同僚だった山崎康晃選手は、今永昇太さんの人柄について以下のように明かしています。
よく連絡をくれますし、ほかのチームメイトみんなとも頻繁に連絡を取り合ってるみたいですよ。向こうにまだ友だちがいなくて寂しいんじゃないですかね(笑)
引用元:Number Web
人懐っこさや寂しがり屋な一面も垣間見えますね。
さらに、以下のようにも話していました。
純粋な野球少年であり、冒険家でもあり、ファニー・ガイ。人間として非常に魅力的な存在ですよね。冒険家という表現を使ったのは、彼がずっと何かに挑戦しているように感じられるからです。もちろんメジャーもそうですし、投げ方や変化球の握りなんかも、昨日と今日で全然違うことをしたりする。変化を恐れず挑戦する姿勢を、常日ごろから見てきました
引用元:Number Web
そして、山崎康晃選手は「彼はどういう人物ですかと聞かれると、僕もまだ分かっていない部分がありますね。いろんな顔を持っている男なので」とも言っていました。
また、今永昇太さんをよく取材したマスコミ関係者は、コミュニケーション能力が高い選手だと評価しています。
今永昇太さん本人は自身のコミュニケーション、特に目上の人との関係性について、以下のようにお話ししていました。
大学1年生のときなんかは(上下関係が)めっちゃ厳しいので、変な要領を覚えちゃって。自分で言うのも何ですけど、それ(処世術)はうまいと思いますよ。これ(ごまをする仕草)の世界ですから
引用元:Number Web
さらに、先輩に対して意識を向けていただけではなく後輩からも慕われていたと山崎康晃さんは以下のように明かしています。
後輩への接し方、向き合い方も非常に器用ですよ。あれだけのビッグネームでしたけど、後輩たちみんなに慕われて、楽しく話している姿には僕も学ぶべき部分があるな、と
引用元:Number Web
先輩のみならず、後輩とも良い関係性を築く今永昇太さんの素晴らしい人柄が伝わるエピソードですよね。
海を渡ってメジャーリーガーとなってからも、今永昇太さんの人柄はチーム内で高く評価されています。今永昇太さんが所属するシカゴ・カブスで内野手を務めるマイケル・ブッシュ選手は、今永昇太さんがオールスターに選出された際に以下のように話しています。
毎日同じ振る舞いなんだ。マウンドでは感情的でエキサイトしている。だが、行動はいつも同じで、感情が安定している。常にみんなを何とかして笑わせようとしている。彼が(球宴に)選ばれて、選手もスタッフも球団のみんながすごくハッピーだよ
引用元:中日スポーツ
どこへ行っても愛される今永昇太さん、すごいですよね!
ファンが惹かれる理由
今永昇太さんは、日本でプレーしていたときも海外で活躍している現在も熱狂的なファンに支えられています。

2024年には球場にて、裸の上半身にSHOTA!とそれぞれ一文字ずつをペイントした男性ファン集団「昇太ボーイズ」が現れ、SNS上で話題となりました。
この日は雨がぱらついており気温9度という寒さの中、裸になって熱心に応援してくれるファンの姿に感動した今永昇太さんは、球団を通して彼らにTシャツを直接プレゼントし交流しました。Tシャツにはサインもしていました。

このように、今永昇太さんはとてもファン想いなことで知られています。
横浜DeNAベイスターズ時代に監督を務めていたアレックス・ラミレスさんは、今永昇太さんがメジャーリーグに挑戦する際に以下のような心配事をしていたと明かしています。
彼が心配していたのは、メジャーリーグに行くことに対してベイスターズファンはどう思うかだった。僕は、ベイスターズファンは本当に素晴らしいので今永がどこに行こうともいつもサポートしてくれるよと言った。彼はベイスターズにとても貢献したし、メジャーに行ってもファンはいつまでもサポートするはずだよ、と。それを聞いて今永はとても喜んでいたね
引用元:Full-Count
こうした今永昇太さんのファン想いな部分や、誠実さにファンが惹かれているのだと考えることができます。
2024年には、球場入りする際に待ち構えていた熱心な女性ファンにアイスラテを渡す姿が話題となりました。

ドリンクを受け取ったサム・バーネロさんは自身のインスタグラムに「OMG!OMG!今永昇太が『君にだよ』とアイス・ラテを私に手渡してくれた!!最高の日だわ」と綴って喜びの気持ちを載せていました。
このようにファンのことを大切に想ってくれている今永昇太さんなので、ファンも夢中になって応援することができるんですよね!
ゆい昇太ボーイズは、その後Tシャツを着用していたのかな?
たくみはじめはTシャツを着用していたけど、試合の途中で脱ぎ捨ててSHOTA!とペイントしたボディーを披露して球場を盛り上げていたよ!
今永昇太さんは「このTシャツは別に僕は着ろとは言ってないので、別に裸で応援してくれてもかまいません」とジョーク交じりに話していたよ!
今永昇太さんも、ファンの方々もとてもユーモラスだよね!
今永昇太の家族構成|支えとなった家族エピソード
今永昇太さんの家族構成は、父・母・兄・姉で今永昇太さんは次男です。
また、お兄さんは5歳年上、お姉さんは2歳年上で今永昇太さんは末っ子です。

今永昇太さんがプロ入りしたときには、既にお兄さんもお姉さんも独立していて、ご両親は一軒家の自宅で愛犬の柴犬二匹と暮らしていたようです。
父の孝司さんは大学を卒業後に、公立中学校の保健体育の教師となりました。その後は45歳で校長になり、定年までの15年間は北九州市内で転勤を繰り返しながら、生徒たちと奮闘する日々を送っていたと明かされています。
そして定年後は北九州市の教育委員会で嘱託の職員を務め、週に2日は小学校、4日は中学校へ行き、先生たちの授業のサポートや教育の指導などを行っていたそうです。
父の孝司さんはこのときハーレーに乗って学校へ通っていたそうで、以下のようにお話しされています。
たまたま職場の近くに教習所があったもんで、軽い気持ちで挑戦したわけです。それでも、2カ月で大型二輪の免許を取りましたよ。で、年甲斐もなく1600㏄のバイクに乗っております。趣味はツーリング? いやいや、もっぱらひとりで近所を走っているだけ。人間、何事も緊張感がないとダメでしょ。大きなバイクに乗っていると、やっぱり怖いですから、緊張するんです。要するにボケ防止ですよ、ハハハ。だから、雨の日を除いてほぼ毎日、通勤に乗ってるわけです
引用元:日刊ゲンダイ
さらに、インタビューでは「珍しい先生?そうはいないでしょうね、ははは」と答えていました。お父さんのユーモラスな一面が今永昇太さんへ引き継がれたのではないでしょうか。とてもバイタリティに溢れたお父さんですよね!
また、母の京子さんも中学校で音楽教師をしています。
そして今永昇太さんの兄は小学校の先生をしていて、姉は三菱電機系の企業に務めているそうです。
両親・兄弟との関係性

今永昇太さんが野球を始めることになったきっかけはお兄さんで、「兄の影響でソフトボールを始めたのが野球人生のスタート地点です。」とお話しされています。
幼稚園の年長の頃からソフトボールを始めたと以下のようにお話しされています。
幼過ぎてほとんど記憶に残っていませんが、聞いた話によると、練習のお手伝いに母が行ってしまい家に誰もいなくなるので、僕もグラウンドに連れていかれて近くの遊具で遊んでいたそうです。
で、せっかくグラウンドに来ているのなら一緒にプレーしようとなったのが、ソフトボールを始めたきっかけです。僕はまだ年長さんでしたが、特別に参加させてもらっていました。母からすれば、幼い僕が目の届かないところでケガをするよりは、兄と一緒にソフトをやったほうがいいんじゃない?くらいの気持ちだったと思います。
引用元:週刊ベースボール
その後小学生になった今永昇太さんは、お兄さんと同じソフトボールチームに加入していて「僕が住んでいたのはソフトボールが盛んな地域で、兄がプレーするチームに入るのは自然な流れでした。」とお話ししています。
さらに「正直、僕は軟式野球チームがあるということすらも知りませんでした」と明かしていました。小学生になった頃はまだ野球に目覚めていなかったことが確認できます。
今永昇太さんが本格的に野球を始めたのは中学生になってからでした。
また、父親である孝司さんは息子の今永昇太さんがプロ野球選手になったことについて以下のようにお話しされています。
私は学生時代に卓球や体操をかじったり、教員になってからバスケットボール部の顧問を長く務めたものの、本格的な競技経験はありません。そんな親の子供がプロ野球選手ですからね。本人の努力はもちろんですけど、一体、誰の血なんでしょうかね。実は、小学校の教師をやっている長男も高校まで野球をやっていて、昇太よりセンスがあったんじゃないですかね。この間も、北九州市のソフトボールの教員選抜チームのメンバーとして全国大会に行っていた。子供の運動神経は学生時代にバレーボールをやっておったという家内から受け継いだんでしょうね。
引用元:日刊ゲンダイ
お兄さんも高校までは野球をやっていて、なんと当時は今永昇太さんよりもセンスがあったのですね!きっと運動神経の良い家系なんでしょうね。

今永昇太さんは2024年にオールスターに初選出されました。このとき、今永昇太さんは感謝を伝えたい人物は誰かと問われた際に「やはり母親(京子さん)に感謝を伝えたいですね」と即答していました。とてもお母さん想いですよね。
さらに、母親への感謝の気持ちを以下のようにお話しされていました。
自分が登板する前後に必ず連絡をくれますし、本当に厳しい声もくれる母親なので。僕の原動力は母親の存在。ものすごく感謝してます
引用元:スポーツ報知
今永昇太さんにとってお母さんはとても大切な存在だということがわかりますね。
感謝の気持ちを表現しながらも、ユーモアを忘れない今永昇太さんは「(母は)厳しいですね。打たれた後とかはこのボールがダメだったとか言われるんで。次はあんまり怒られないようにやってます」と話し、記者たちの笑いを誘っていました。
オールスターに母親を呼ぶのかと問われた際には以下のように笑顔で語っていました。
まず良かったねということと、オールスターに来るなら早めに言わないといけないので、オールスターに来るかどうか聞いたら、犬が2匹いてペットホテルに預けられないから、面倒見るから行かないと言ってました。母親らしくてすごくおもしろいなと思います
引用元:スポーツ報知
お母さんもユーモラスですよね!
実家や地元での評判

今永昇太さんは、高校生になった頃から少しずつ頭角を現し始めました。
高校時代に野球部の顧問を務めていた田中修治さんは今永昇太さんの野球ノートが他の生徒と違っていたと以下のようにお話しされています。
他の生徒は自分の練習したこと、感じたこと、質問事項を書いてきて、それに自分が答えるみたいな感じでした。でも今永は違うんです。質問とかじゃなくて『こういうことができないからこういうことをした』とか『今こういうことに取り組んでいる』という風に書かれていたんです。今の自分に何が足りないか、何をしないといけないかがしっかり分かっていたと思います
引用元:週刊ベースボール
当時から考察力や洞察力が高かったことがわかりますね。
やがて、チームの大黒柱となった今永昇太さんは高校2年生の頃は「○○がエラーしたけん、負けました」とミーティングで発言するなど天狗になっていた時期が一時的にあったそうです。しかし、そんな態度も最上級生になる頃にはなくなっていたそうです。
また、今永昇太さんは高校時代に「食トレ」に励み。高校入学時には60キロなかった体重も68キロにまで増加し、身長も165センチから174センチにまで伸びたそうです。すごい成長ですよね!
恩師である田中修治さんは以下のようなユニークなエピソードを明かしています。
ある日、食べかけのメロンパンがなくなったと大騒ぎしているんですよ。『誰がお前の食べかけのメロンパンを食べるんか』と(笑)。そうしたらカバンの下から出てきて『あ、あった』って。面白いというか、ユーモアのセンスがありましたね
引用元:週刊ベースボール
食トレをしているのに食料がなくなったら大変ですもんね!面白いエピソードですよね。
また、当時監督を務めていた井上勝也さんは当時の今永昇太さんについて「お調子者で、要領よく周りを見てやるような選手」だったと明かしています。また、「何でも器用にやる」タイプだと語っていました。
さらに、当時から投球能力がかなり高かったと以下のようにお話しされています。
今永に言ったことが実現していくのが、こっちとしても面白くて。一度だけ、練習試合で私が捕手にサインを出したんです。それが、自分が思うようなところに全部決まって、そのまま勝ったことがありました。サイン通りのことをそのまま体現できるのは凄いことだし、キャッチャーもリードをしていて楽しいだろうなと
引用元:週刊ベースボール
当時からすごい選手だったことが確認できます。
さらに「今永は涙を流すとかいう選手でもなく、負けた時はもう次に向かっている感じがしました」と明かしていました。

恩師である田中修治さんは今永昇太さんについて以下のようにお話しされていました。
彼は高校時代から『緊張しない』って言うんですよ。これまで緊張したのは一度だけ、大学1年の春に初めて神宮球場のマウンドに立った時だけだと言っていました
緊張したっていうのに4奪三振なんですよ(笑)。緊張しても力が出せるタイプだし、投げている時は『勝ったらヒーローインタビューで何て答えようかな』とか考えていると思います。だからWBCでも普段通りできるんじゃないでしょうかね
引用元:週刊ベースボール
緊張しても力が出せるというのはすごいことですよね!それだけ精神が安定しているのでしょうね。
家族が語る人柄と努力

今永昇太さんは両親について「アレをやりなさい、コレをやりなさいじゃなく、温かく見守ってくれた。」とお話ししています。
さらに、今永昇太さんはお父さんからかけられた言葉が今にも通じていると以下のようにお話しされています。
高校3年の大会で強豪校に1回戦負け。公立校(北筑)で練習時間に制限のあった僕はつい『あそこは夜12時くらいまで練習していて勝てるわけないよ』とつぶやいた。父は静かな口調で『お前がそうやってソファで座っている時間、その子たちは練習している。だから強いんじゃない?』と言われて。気付いたんです。それから夜の公園に走りにいくように。言い訳せず自責に変える。今に通じる部分です
引用元:スポーツ報知
お父さんの発言を素直に受け入れる今永昇太さんも素晴らしいですよね!
そうしたお父さんは今永昇太さんがプロ野球選手になったことについて「本人の努力」だと発言しています。
一方で、母親である京子さんは今永昇太さんの子供の頃を振り返って以下のようにお話しされていました。
手のかからない子で、小学校から高校までの12年間、1日も学校を休みませんでした。あれは小学校1年生のときでしたか。近くの公民館で予防接種があったのですが、注射を打たれる前から、わんわん泣きじゃくる子がほとんどの中、昇太はまったく、そういうことがなかった。いや、痛いし、恐怖心もあったと思うんです。でも、泣かない。唇を噛んで我慢するんです。兄弟喧嘩でベソをかくことはあっても、決して涙を見せない。私自身、昇太が泣いたのを見たのは、たった1度だけです。高校3年生のときの夏の予選2回戦で、自らの打点でチームが勝って、涙を流したのが最初で最後。チームメートの親御さんも、『あっ、昇太クンが泣いてる!』と驚いたくらい。我慢強い子ではあると思います
引用元:日刊ゲンダイ
幼少期の頃から我慢強い性格だったことが確認できますね。
ゆい今永昇太さんって、自分自身ではどういう性格だと思っているのかな?
たくみ今永昇太さんは「僕は少し変わった性格と、自分では認識している」と話していたよ!
メジャー挑戦で見せた“覚悟と進化”
今永昇太さんは、2016年から2023年までは日本のプロ野球チームである横浜DeNAベイスターズに所属していました。
そして2023年の秋に、メジャーに挑戦することが発表されました。
今永昇太さんは、メジャーに挑戦する理由としては侍ジャパンを経験したことで心境に変化があったことそして、マインドの部分で自分を変えるためにチャレンジすることの2つがあると以下のようにお話しされていました。
具体的にアメリカに挑戦したいなと思った理由が2つある。1つ目は、侍ジャパンを経験するたびに、そういう思いが出てきた。2つ目は、マインドの部分。自分の生き様として、僕自身、非常に他者の目を気にしてしまったりとか、色んな人の評価を気にしてしまう性格で、自分をすごい取り繕って話したり、過ごしてしまう性格。MLBに挑戦すると発言した時点からも、例えば色んな雑音が自分に入ってくる。例えばそれは『お前で通用するわけないだろ』とか、ネガティブなものも入ってくる。今までの僕だったらそういった声も入れたくないので、そうならないように生きてきたんですけど、そういう自分をまずは変えたい。分の生き方を変えるには、今しかないというのが、一部の部分である。それがこの30歳というタイミングになったという感じです
引用元:スポーツ報知
このように、侍ジャパンを経験したことで心境に変化があったこと、マインドの部分で自分を変えるためにチャレンジすること、という2つの理由が確認できます。

今永昇太さんは2017年のアジアチャンピオンシップで初めて日本代表に選出され、その後2019年のプレミア12、2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日の丸を背負いました。
これらの国際舞台を経て、「アメリカの野球はどういうものか、という思いがどんどん出てきた」と心境の変化があったことをお話していました。
さらに、以下のような思いも明かしていました。
僕のような、僕と同じような考え方の人はたくさんいると思う、日本人であるならば。やっぱり人に嫌われるのは嫌ですし。僕自身やはり、自分のやりたかったことなのかと。自分が野球を終えて、その先の人生の方が長いはずなので。その時の人生を考えた時に、このままの生き方だと、なんか自分に噓をついている感じがして。なので、僕の挑戦を見て、同じような境遇の人だったり、自分自身をふさぎ込んでいる人がいたら、僕自身がプレーしている姿を見て、彼が頑張っているなら、私もちょっと頑張ってみようと思われるような選手になりたい
引用元:スポーツ報知
こうした理由を聞くと、今永昇太さんを応援せずにはいられないですよね!
移籍経緯と契約内容

今永昇太さんは、2024年にメジャーリーグベースボールナショナルリーグの中地区に所属するプロ野球チームシカゴ・カブスと4年総額5300万ドル(約83億2000万円)という基本契約を結びました。
契約の内容として、今永昇太さんは「選手オプション」というものを保持しています。
選手オプションというのは、基本の契約内容は4年総額5300万ドルですが、入団2年目となる2025年のシーズン終了後に、今永選手が自ら望めばシカゴ・カブスとの契約を2026年は年俸1500万ドルで延長できるという内容です。
一方で、シカゴ・カブスは今永昇太さんが2025年まで活躍した場合、2026年から3年総額5700万ドルで契約を延長できる「球団オプション」を保持しています。
また、今永選手が2026年の選手オプションを行使して残留した場合は、シカゴ・カブスは2027年から2年で総額4200万ドル(約65億9000万円)で契約できるというオプションも持っています。
すこし複雑な契約内容ですよね。今永昇太さんの他球団への移籍を防ぐためにこのような複雑な契約となったと考えられています。
今永昇太さんの獲得を狙っていた球団はシカゴ・カブスのほかに、レッドソックスやパイレーツ、ブルワーズなどが挙げられていました。
また、現地メディアはシカゴ・カブスが今永昇太さんの獲得を確定させた際に「(上記の)これら3球団と、さらに多くの今永を獲得しようとした球団はいまごろ後悔しているだろう」とコメントを寄せていました。
メジャーリーグの市場において、今永昇太さんがいかに注目されていたかということが確認できますね。
デビュー後の成績・注目ポイント
今永昇太さんは、2024年の4月1日にロッキーズ戦で先発を務め、メジャーデビューを果たしました。

この試合では6回2安打無失点、無四球9奪三振という快投を魅せ、初登板そして初勝利を飾りました。
今永昇太さんはデビュー戦を迎えた心境について「不思議な感覚だけど、この日が普通に来たというか。普通に過ごしてきた感じ」とお話ししていました。
この華々しいデビューにチームメイトも絶賛のコメントを寄せました。

シカゴ・カブス4番バッターのモレルは「彼が同じチームで良かった。彼と対戦しなくて済むからね」と話していました。
さらに1番バッターのハップは「すごい初登板だった。彼が僕らのチームにいることに興奮しているよ」と褒めていました。
キャッチャーを務めたゴームズは「僕からしてみれば、彼がどれだけストライクゾーンで攻めることができたか」と快投の要因を話し、カウンセル監督は「今日とても良かったのは、ストライクをたくさん決めたこと。彼がこれまでやってきたようにね」と絶賛しました。
このようにデビュー戦で素晴らしい結果を出した今永昇太さんは、その後も快進撃を続け、2024年は29試合に登板し、15勝3敗、防御率2.91という成績を残しました。
この成績は、日本人の先発左腕投手による歴代最高のルーキーシーズンと言っても過言ではないと言われています。
所属するナ・リーグでは防御率、勝利数、WHIP(1イニングあたりに許した出塁率)、BABIP(本塁打を除く、グラウンド内に飛んだ打球が安打になった割合)で3位という圧巻の成績を叩き出しました。
続く2025年シーズンは、故障で離脱してしまった時期もありましたが、25試合に先発で登板し9勝8敗、防御率3.73という成績を残しました。
2025年シーズンは終盤で少し調子を落としてしまい、被本塁打の割合が上昇そして奪三振の数は低下してしまいました。
しかしながらシカゴ・カブスにとっては必要な選手とジャッジされ、単年契約で2026年もカブスでプレーすることが決まっています。
2026年の今永昇太さんからも目が離せませんね!
現地ファン・メディアの反応
今永昇太さんの所属するシカゴ・カブスのファンや現地メディアは熱狂的であると知られています。
今永昇太さんは入団した時点で、そうしたファンや現地メディアのハートを鷲掴みにしました。
それはなぜなのでしょうか。

その理由は入団会見にあります。
豪華なホテルで行われた入団会見で、今永昇太さんはシカゴ・カブスの応援歌である「Go Cubs Go」を引用し、堂々と英語で挨拶をしました。
挨拶は以下のように行われました。
What do you say?
The Cubs are gonna win today.
Nice to meet you.I’m Shota Imanaga.
I played for Yokohama DeNA Baystars for 8 years.
I’m very happy to be here and be a Cub.
I want to say thank you to entire Cubs Organization for having me.
And I’m very excited to pitch at Wrigley Field.
I’m looking forward to meeting fans and teammates.【あいさつ日本語訳】
引用元:スポニチ
やあ、シカゴのみんな!いいかい、今日はカブスが勝つぞ。
はじめまして。今永昇太です。
横浜DeNAベイスターズで8年間プレーしていました。
ここに来られてとても幸せです。カブスの一員になれたことに感謝を伝えたい。 そしてリグリー・フィールドで投球できることにとても興奮しています。
ファンやチームメートと会うのもとても楽しみです。
さあ、行くぞ、カブス!
今永昇太さんは記者会見に向けて代理人の方と勉強会を実施し、英語の発音や文法を学んだそうです。
さらに、文章の間の取り方や拍手のタイミングなども計算しスピーチの練習を重ねたと明かされています。
さすが今永昇太さん、すごい努力家ですよね!
今永昇太さんのこのスピーチは大歓声に包まれ、ファンや現地メディアに笑顔で迎え入れられることとなりました。
この結果に今永昇太さんは「ファンの方に受け入れてもらえる選手になりたい。物凄く良いつかみ。まさかここまで笑ってくれるとは思わなかった」とお話しされていました。

2024年はオールスターにも選出され飛躍の年となり、ファンをはじめメディアからも大絶賛を受けました。
メジャー2年目となる2025年はハムストリングの故障で約7週間離脱するなど厳しいシーズンとなりました。
現地メディアは以下のように評価しています。
今永がメジャー1年目を終えたちょうど1年前は、カブスが球団オプションを行使せずに放出するなんてあり得ない状況だった。球宴に選ばれ、新人王投票で4位、サイ・ヤング賞投票でも5位。だが、1年で多くのことが変わってしまった
引用元:中日スポーツ
シカゴ・カブスに残留するのか注目された今永昇太さんですが、2026年も引き続きカブスでプレーすることが決まっています。
現地メディアはこのことについて「カブスはイマナガに約2200万ドルを投じる形となり、被弾リスクのある投手として考えると決して軽い負担ではない」と論じています。
一方でカブスの編成本部長は「もちろん、私たちはショウタを非常に高く評価している」と変わらず今永昇太さんを高く評価しています。
一部の現地メディアからは厳しい声も向けられている今永昇太さんですが、持ち前の投球技術やメンタルの強さ、愛されるキャラクターで2026年も飛躍の年になるよう願うばかりです!
ゆい今永昇太さんは2026年の課題は何だと考えているのかな?
たくみ今永昇太さんは「ホームランは自分の課題」とお話ししていたよ!
課題を克服してさらにパワーアップした今永昇太さんを見れるように応援していきたいね!
今永昇太プロフィール・SNS
- 名前:今永昇太(いまながしょうた)
- 生年月日:1993年9月1日
- 出身地:福岡県
- 国籍:日本
- 所属:シカゴ・カブス
- 家族構成:父・母・兄・姉

SNS
- Instagram URL:https://www.instagram.com/shotaimanaga/

