西城秀樹の妻との馴れ初めは?長男/長女/次男の現在活動まとめ!

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昭和を代表する大スター・西城秀樹さんと、18年間にわたり献身的に闘病を支えた妻・木本美紀さん。お二人の馴れ初めは姉の紹介による"お見合い"で、芸能界とは無縁の世界で働く美紀さんの自然体な姿に、西城さんが惹かれたことが交際のきっかけでした。18歳差の年の差婚でしたが、家族ぐるみで仲良くなるほど温かい縁談となりました。

結婚後、西城さんは合計8回もの脳梗塞を発症しましたが、美紀さんは3人の子供を育てながら15年以上にわたり献身的に介護を続けました。「介護という意識を持ったことはない」と語る美紀さんの姿勢には、家族への深い愛情が表れています。

2018年に西城さんが63歳で逝去した後、美紀さんは本の出版やテレビ出演をしながら西城さんの歌手としてファンと向き合う姿勢や、家族と過ごす父親としての姿などを伝えることで、ファンへの感謝をしめす活動をしています。

一般人である自分が表に出ることに葛藤があったと後に語っていますが、その姿がファンのみなさんの心に響いていること、西城さんのファンを大切にする姿勢を引き継いでいることは誰の目にも明らかなのではないでしょうか。

3人の子供たちも父親の遺志を胸に成長し、長男・慎之介さんは芸能界デビューを目指して活動中です。この記事では、夫婦の馴れ初めから闘病生活、そして子供たちの現在までを詳しく解説します。

この記事を読んでわかること

  • 西城秀樹と木本美紀の馴れ初め(姉の紹介・お見合い・18歳差婚)
  • 木本美紀さんのプロフィール(大阪出身・土木技術者・資産家の娘)
  • 結婚生活と8回の脳梗塞発症・3人の子供の誕生
  • 15年以上にわたる献身的な介護生活の実態
  • 長男・木本慎之介の現在の活動(MA PROMOTIONS所属・歌手志望)
  • 長女・木本莉子と次男・木本悠天の現在の様子
  • 木本美紀さんの現在の活動(著書出版・メディア出演・子育て)
目次

西城秀樹の妻との馴れ初めは?

昭和を代表する大スター・西城秀樹さんと、献身的に闘病を支えた妻・木本美紀さん。お二人は姉の紹介で出会い、芸能界とは無縁だった美紀さんの自然体な姿に西城さんが惹かれたことが交際のきっかけでした。

美紀さんはある日突然、父親に大阪のステーキハウスに連れて行かれ、当時ドラマ撮影でたびたび大阪に来ていた西城秀樹さんを紹介されました。 このステーキハウスは西城秀樹さんの姉・絵里子さんが経営するお店で、美紀さんの知らないうちに"お見合い"が設定されていたのです。

西城秀樹さんの姉・絵里子さんは大阪・北新地のクラブのママで実業家、そして美紀さんの父・槇原博實さんは不動産や施設設備などの事業を手がける経営者でした。二人は経営者同士のお付き合いがあり仲が良かったため、姉・絵里子さんと美紀さんのお父様の間で縁談が進められていたのです。 

出会いは1999年頃とされており、西城秀樹さんは2001年の「婦人公論」のインタビューで美紀さんについて語っています。 大阪の土木関係の会社に勤め下水道の設計の仕事をしていた美紀さんは、相当忙しく、テレビをあんまり見たことがなく芸能界のことはまったく知らなかったといいます。

ヘルメットをかぶって現場に行ったり、夜中まで図面を引いたりする毎日を楽しそうに語る女性は、それまで僕の周りにはいなかったので、非常に興味深かったですね。まったく違う世界にいる2人なのに、会話が弾むことが不思議で、おもしろいこともあるなあと思いました」と西城さん。

その後何度か二人で食事に行ったそうですが、美紀さんは仕事着である作業服のままの姿で食事をしたり、西城秀樹さんが車で送ると申し出ても、断って自分が乗ってきた自転車で颯爽と帰って行ってしまったこともあったりと、とても自然体なスタイルで接していました。 なんと初デートの時はママチャリに乗って登場したというエピソードも残っています。

大スターである自分の前でも常に飾らない美紀さんに西城さんは惹かれていきました。出会いから約3か月後の2000年のクリスマスイブ、西城秀樹さんは美紀さんにプロポーズし、2001年5月7日に入籍しました。 西城秀樹さんが46歳、木本美紀さんが28歳の時で、18歳差の年の差婚でした。

西城秀樹さんは「婦人公論」で「これは結婚の決め手とは言えませんが、確実に後押ししてくれたのは、両方の家族がこちらのつきあいが深まるよりも早く、われわれ以上に仲良くなってしまったこと」と語っており、家族ぐるみの温かい縁談だったことが伺えます。

芸能界とは無縁の世界で働く美紀さんの飾らない姿と、仕事に打ち込む姿勢が、トップスターの心を掴んだ馴れ初めとなりました。

西城秀樹さん夫妻
引用元:スポーツ報知

妻:木本美紀さんはどんな人?

幼少期にはイギリスに住んでいたこともあり、西城秀樹さんのことをよく知らなかったという情報もあります。実家は資産家との噂があり、父親の槇原博實さんは不動産や施設設備などの事業、建設関係の会社を経営されていたそうです。美紀さんが建設会社に勤務していたのは、実家が経営する会社で働いていた可能性もあると言われています。

仕事が大好きだった美紀さんですが、結婚が決まると2001年に退職し、西城秀樹さんと結婚。結婚式は伊豆下田にある白浜神社で行われました。ウエディングドレス姿の美紀さんもとても素敵だったと話題になりました。

西城秀樹さんとの新婚旅行では、芸能人で荷物を持ったことがない西城さんに代わって、すべて荷物や傘まで美紀さんが持たされてしまったというエピソードも。大物芸能人の妻を務めるには心の器の広さがある方でないと務まりませんが、美紀さんはそれを自然体で受け入れる包容力のある女性でした。

地元の自治会の持ち回りの班長に就任した際も、面倒な素振りを一切見せず、その仕事ぶりや態度もとても素晴らしいものだったといいます。育ちの良いお嬢様といった感じで、周囲からの評判もとても良い方だそうです。

どんな結婚生活だった?

結婚翌年の2002年6月には長女・莉子さんが誕生。西城秀樹さんは47歳でパパになりました。しかし、幸せの絶頂である最中に、夫婦を試練が襲います。

実は長女・莉子さんがお腹にいるとき、秀樹さんは脳梗塞を引き起こし1回目の入院をしました。 この時は1週間程度の入院で事なきを得、"再発はない"との判断でマスコミにも発表することはありませんでした。病名は脳梗塞。思わぬ宣告でしたが、このときは大事には至らず、美紀さんは長女を出産しました。

しかし、2003年6月、ディナーショーの公演先である韓国済州島に滞在している時に2度目の発症。この時の症状は1度目の時とは比べ物にならないほど重く、隠し通すことは出来ませんでした。この2回目の脳梗塞は世間に公表されることになります。

2003年9月には長男・慎之介さんを出産、そこから半年もたたずして3人目を授かり、2005年1月には次男・悠天さんが誕生しました。年子で3人の子供を育てながら、美紀さんは西城さんの闘病生活を支え続けました。

実はマスコミに伏せられていたものの、結婚直後の2001年から2018年まで、合計8回もの脳梗塞を繰り返していたという西城秀樹さん。2011年から2012年頃には小さな脳梗塞を頻繁に発症し、入退院を繰り返すようになります。度重なる脳梗塞で足に麻痺が残ってしまい、車椅子生活を余儀なくされることもありました。

それでも西城秀樹さんは歌手として活動を続けることを諦めませんでした。リハビリを重ね、舞台に立ち続ける夫を、美紀さんは献身的に支え続けました。子育てと介護が同時進行という過酷な状況の中でも、家族が気持ち良く過ごせるようにと常に心を配っていたそうです。

そんな壮絶な日々の中でも、二人が寄り添い守り続けた家族の時間こそが、夫婦にとって何よりの宝物だったのかもしれません。

旦那の闘病生活における献身

10日間の入院を終えて自宅に戻るやいなや、9月の舞台に向けてリハビリとリハーサルを開始。妻である美紀さんが「焦らず、ゆっくり治していこう」と優しく声を掛け続け、辛いリハビリや厳しい食事療法も支えていました。

度重なる脳梗塞で足に麻痺が残ってしまったとき、美紀さんは子供たちにパパは病気で足が動きにくくなってしまったんだよと伝えました。一番下の子が小学生になったころだったそうです。「「練習したら治るよね?」「パパはまた走れるようになるよね?」って子供たちは明るくて…。パパは絶対治る、私もそう信じていました。」と美紀さんは語っています。

木本美紀さんによると、西城秀樹さんへの介護は「介護という意識を持ったことはない」と言います。立て続けに生まれた子供たちと介護が同時進行だったということもあり、どうすれば家族が気持ち良く過ごせるかを考えて行動していたとのこと。 美紀さんの介護は、15年にも及びました。

病状がどんどん悪化していく中、「私の心には何度もよぎった『引退』という言葉をついに、秀樹さんの口から聞くことはありませんでした と美紀さんは語っています。

最後まで歌手であることが西城秀樹さんの生きる支えになっていたのでは、と言われています。美紀さんの献身的なサポートが、西城秀樹さんが最後まで歌手として活動を続けられた大きな支えとなっていました。リハビリの際も、美紀さんは常に寄り添い、励まし続けていたそうです。

2018年4月25日、自宅の夕食中に突然倒れて心停止となり、5月16日に急性心不全で西城秀樹さんは63歳の生涯を閉じました。告別式には1万人を超えるファンの方が訪れたといいます。

きっと、その15年の歩みは、夫婦の強さと深い愛情が生み出した、かけがえのない時間だったのでしょうね。

ゆい

妻の美紀さんは西城秀樹さんの死後、書籍を発売していましたよね?

たくみ

「蒼い空へ 夫・西城秀樹との18年」という書籍を2018年11月に発売して、10万部を超えるベストセラーとなっているよ!18年間の献身的な介護と愛情の物語が、多くの人々の心に響いたんだね。

西城秀樹の長男/長女/次男の現在活動まとめ!

西城秀樹さんと木本美紀さんの間には、3人の子供が誕生しています。長女・莉子さん、長男・慎之介さん、次男・悠天さんの3人は年子で、両親の愛情をたっぷり受けて育ちました。西城秀樹さんは子供たちの教育に対して非常に熱心であったと言われています。

結婚の翌年の2002年6月30日に長女・莉子さんが誕生。2003年9月1日に長男・慎之介さん、2005年1月17日に次男・悠天さんが誕生しています。3人とも年子という珍しい兄弟構成で、西城秀樹さんは47歳で父親になりました。

長男の慎之介さんは芸能界デビューを目指して現在活動中です。2024年3月には朝倉未来さんが代表を務める芸能事務所「MA PROMOTIONS」に所属し、本格的に音楽活動を開始しています。父親の西城秀樹さんの代表曲「Y.M.C.A」を歌う姿がテレビで放送され、大きな反響を呼びました。

長女の莉子さんと次男の悠天さんは一般人として生活しており、詳細な情報は明らかになっていません。しかし、父親の西城秀樹さんに関する取材には顔出しで応じることもあり、父親への愛情の深さが伝わってきます。3人とも父親の遺志を胸に、それぞれの道で前向きに歩んでいる姿が印象的です。

西城秀樹さんとその家族
引用元:NEWSポストセブン

長男:木本慎之介(しんのすけ)

長男・慎之介さんは2003年9月1日生まれで、2025年現在22歳です。西城秀樹さんが48歳の時に誕生した長男で、父親似のイケメンとして知られています。

慎之介さんは音楽の道に進み、2024年3月に朝倉未来さんが代表を務める芸能事務所「MA PROMOTIONS」に所属しながら本格的な活動を開始し、歌手デビューを目指します。というのも、慎之介さん以は以前から朝倉未来さんの生き方やをリスペクトしていたとのこと。父親である西城秀樹さんの力に頼らず自分の力で成功したいという思いが強く、自ら履歴書を送付したようです。

実は慎之介さん、元々はサッカーの道を目指していました。桐蔭学園高校でサッカー部に所属し、プロになることを目指して練習に打ち込みましたが、チームメートのレベルの高さに圧倒されました。 桐蔭学園といえば、横浜市にある幼稚園から大学院まで擁する総合学園として有名で、サッカーの強豪校としても知られています。

その時に尊敬していた先輩がプロになることができなかったことから、プロの厳しさを知り、サッカー選手への道を諦めました。そこでもう一度自分の将来について考えたときに、音楽をやりたいと思うようになったと慎之介さんは語っています。

そこで、慎之介さんは幼少期から習っていたドラムのレッスンに再び通うようになり、ボーカルのレッスンも開始しました。 将来的に芸能界デビューするための第一歩として「男子高生ミスターコン2021」にも応募しましたが、書類選考は通ったものの受賞には至りませんでした。しかし、この経験が芸能界への第一歩となりました。

2023年11月には、タレントのヒロミさんが主催するイベント「ハチオウジダマシイ Festival&Carnival2023」で木梨憲武さんのステージにコーラスとして出演。これが慎之介さんの初めての公の場でのパフォーマンスとなりました。

また、2024年8月には「ハマダ歌謡祭」に出演し、父親の代表曲「Y.M.C.A」を歌い、多くの視聴者を魅了しました。特に「Y.M.C.A」の最後のあたりが父親に似ていると話題になり、SNSでも称賛の声が相次ぎました。

声質や歌唱力は父親譲りと評判で、加えてサッカーでプロを目指せるほど運動神経も良いとのことから、今後の成長が楽しみですよね。大事な時にはお父さんの服を着るという慎之介さん。女性週刊誌のインタビューの際も、父親の服を着用していたそうで、父親への愛情と尊敬の念が伝わってきます。

慎之介さんは父親との思い出について、幼い頃から音楽に囲まれた環境で育ち、ドラムを教えてもらったことなどを語っています。父親が亡くなった時はまだ15歳で、中学3年生から高校1年生にかけての年齢でした。まだまだ成長する過渡期でしたが、「父と比較されることを覚悟の上で歌いたい」と決意を語っており、父親の遺志を継いで音楽の道を歩む覚悟を示しています。

長女:木本莉子(りこ)

長女・莉子さんは2002年6月生まれで、2025年現在23歳です。 慎之介さんよりも1歳年上のお姉さんで、母親の美紀さんに似て美人だと評判です。

莉子さんは芸能活動はしておらず、現在は何をしているのかはわかっていません。ただ、父親の西城秀樹さんに関するニュースのときにテレビの取材に顔出しで応じていました。 年齢的には大学を卒業して就職している可能性がありますが、出身大学や現在の職業は公表されていません。

父親の西城秀樹さんと同じ新御三家として活躍した野口五郎さんとは、現在でも交流があるそうです。2022年7月には野口さんが、自身の娘と莉子さんと3人で食事をしたことを明かしました。 西城さんの娘・莉子さんと、野口さんの娘・文音さんは同じ2002年生まれで誕生日も2日違いということで、一緒に20歳のお祝いをしたそうです。

野口五郎さんは西城秀樹さんが亡くなった時、「僕は子供達の前で宣言しました!今日から僕は5人のお父さんになる!だから3人にとってはパパちゃんと五郎パパ!なのです とブログに綴っており、西城秀樹さんのお子さん達を我が子のように可愛がっているようです。亡き父の親友が子供たちを見守り続けてくれていることは、家族にとって大きな支えとなっているでしょう。

美紀さんは「期末試験の勉強中だった長女が、夜リビングにきて『ママお風呂入らないの?』ってソワソワしているんです。夜中の12時を回ったとき、ジャーン!って花束と大きなバースデーカードをくれたんです」と語っており、優しく思いやりのある娘さんに育っているようです。

莉子さんは父親の闘病生活を幼い頃から見てきました。家族の中でも長女として、弟たちを支える存在だったのではないでしょうか。現在は一般人として静かに生活しながら、父親の思い出を大切にしているようです。

次男:木本悠天(ゆうま)

次男・悠天さんは2005年1月生まれで、2025年現在20歳です。 長男の慎之介さんより2歳年下の弟で、芸能活動はしていない一般人です。悠天さんは、2023年3月に高校を卒業しており、現在は大学生か社会人になっている年齢です。

弟の木本悠天さんは、兄弟の中で最も父親の西城秀樹に似てると言われており、性格もそっくりだそうです。特に目元や口元が似ており、西城さんの面影があると話題になっています。メガネをかけていますが、目元もキリッとしていて西城さんの雰囲気があるとファンからも評判です。

過去には週刊誌で「次男は芸能活動に興味がある」と報道されたことがありますが、現時点でデビューしたという報道はされていません。悠天さんは絵画や映画など芸術に興味があるそうで、インドア派で少し大人しい性格なのかもしれません。

実は次男の悠天さん、芸術の才能が西城秀樹さんから受け継がれているようです。西城秀樹さんは実は芸術の才能も優れており、中学生時代に二科展で佳作に選ばれたほどでした。次男の悠天さんもそのDNAを受け継いだのか、絵が上手いんだとか。

パリに家族旅行した際に写生した絵がなんとポスターに採用されて、2000円で販売されたこともあるんだそうです。さらに、父・西城秀樹さんのお墓のデザインも次男くんが考えているんだそうですよ! 父親のお墓のデザインを任されるということは、家族からの信頼も厚く、芸術的なセンスが認められている証拠でしょう。

悠天さんは、周りへの気遣いが出来るとても優しい性格のようです。 やんちゃなところもありながら、父・西城秀樹さんに教えられたジェントルな一面をもつそうです。兄の慎之介さんと同様に、明確に目指すものがあると言われています。

一般人として生活しているので詳細情報が少ないですが、今後メディアに登場する日が来るかもしれません。絵画の才能を活かしてアーティストとして活動する可能性もあり、今後の動向に注目です。

ゆい

西城さんにとって子どもたちはどんな存在だったのかな?

たくみ

西城秀樹さんが辛い闘病生活や介護生活に耐えることができた理由として、妻の木本美紀さんは「3人の子供たちの存在が大きかった」と語っていて、家族の絆を何よりも大切にしていたみたいだね。

木本美紀さんの現在の活動

西城秀樹さんが2018年5月に亡くなってから7年が経過し、妻の木本美紀さんは現在53歳。夫の死後、美紀さんは夫との18年間の闘病生活を綴った著書の出版やメディア出演を通じて、西城秀樹さんの思い出とファンへの感謝を伝える活動を行ってきました。

書籍「蒼い空へ 夫・西城秀樹との18年」の出版前、美紀さんは一般人である自分が表に出ることに抵抗があったそうです。西城秀樹さんの闘病生活について綴ることでファンをがっかりさせるかもしれないとも考えました。

しかし、西城秀樹さんのファンからの感謝の声に応える形で、「お礼の気持ちを伝えたい」として出版を決意したのです。実際には「勇気づけられた」「感動した」などの声が圧倒的に多く、多くの人々の心を打ちました。

2018年12月4日には、テレビ朝日の「徹子の部屋」に出演し、生前の西城秀樹さんとのエピソードなどを語りました。木本美紀さん自身は「芸能人でもない自分がテレビに出ても良いのか」という思いがあったとのこと。

しかし、西城秀樹さんが「いつもファンのことを思っていた」ということを思い出し、出演を決意されたそうです。黒柳徹子さんは若い頃から西城秀樹さんと親交があり、「息子のように」思っていたとも言われています。

2023年9月には、ラジオNIKKEIの番組「ラジオ一燈塾」にゲスト出演し、故・西城秀樹さんとの思い出や介護の経験について語りました。番組では、美紀さんの著書「蒼い空へ 夫・西城秀樹との18年」のプレゼント企画も行われ、多くのリスナーから反響がありました。

現在の美紀さんは、3人の子供たちの成長を見守りながら、静かに生活を送っているようです。長男の慎之介さんが芸能活動を始めたことについても、温かく見守っているとのこと。折に触れ、子供たちの近況をお墓に報告しに行くのだという美紀さん。

先日美紀さんは、秀樹さんのお墓の前で「パパ、嬉しいことがあったの。あなたの子供たちはとってもいい子に育っているよ」と話しかけたそうです。 夫が旅立ってしまった悲しみは胸の奥にしまい、美紀さんは穏やかに語っています。

美紀さんは、西城秀樹さんの遺志を継ぎ、ファンとの絆を大切にし続けています。夫の思い出を語ることで、西城秀樹さんの音楽や人柄が多くの人々の記憶に残り続けることを願っているのでしょう。積極的にメディアに出演することはありませんが、必要な時には顔を出し、夫への感謝とファンへの感謝を伝える姿勢を貫いています。

西城秀樹さんが最後まで歌手として活動できたのは、美紀さんの支えがあったからこそ。そして今、美紀さんは夫の遺志を継ぎ、子供たちの成長を見守りながら、西城秀樹さんの思い出を大切に守り続けています。夫への愛情、子供たちへの愛情、そしてファンへの感謝の気持ちを忘れることなく、前を向いて生きている美紀さんの姿は、多くの人々に勇気と希望を与えています。

木本美紀さん
引用元:介護ポストセブン
ゆい

西城秀樹さんのお墓はどこにあるのかな?

たくみ

東京都目黒区の圓融寺にあり、現在も西城秀樹さんの命日や誕生日には多くのファンがお墓参りに訪れるそうだよ。

西城秀樹のプロフィール・SNS

  • 名前:西城 秀樹(さいじょう ひでき)
  • 本名:木本 龍雄(きもと たつお)
  • 生年月日:1955年4月13日
  • 出身地:広島県
  • 国籍:日本
  • 所属:アースコーポレーション
  • 家族構成:妻(木本美紀)、長女、長男、次男

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